前門狼、後門は虎。弐


おじさんが完全に床に伏したと同時に、私は薄く開いていた扉を開け、廊下へ飛び出した。
後ろから怒声やら悲鳴やらが聞こえてくるけれど、全て無視。
必然的に揺れる左腕に付け根がギシギシッと悲鳴をあげるけれど、それも気づかない振りをした。
言われた通り左の壁に沿い、右へ左へ曲がる。

北棟って意外に広かったんだ。
地下にいる時は距離感覚が掴みづらかった。
今なら南棟と大差なく客室も廊下の長さも同じだけあるとわかる。
にしても、回廊の上に部屋なんて誰が考えて作ったんだろう。
前侯爵?もしくは、もっと前の領主か。

考えていると、前方に上部の角が丸い扉が見えた。

うわー本当にあった!
ちょっと疑ってごめんなさい、マッチョなおじさん。

けれど、角の丸い小扉を開こうとして、ぴたりと手が止まる。
この扉の向こう側にいるのは“二人”じゃなかった。

前言撤回。
おじさんの嘘つきーっ!!

心の中で詰ったところで背後から複数の足音が聞こえてきた。
まずいな、追いつかれる。
結構早く走ったつもりだったけれど、やはり男女の股下の長さの差は大きいらしい。
世に言う、前門の虎後門の狼ってものでしょうか。

「ははは、」

空笑いしたところで始まらない。
二者択一はしたくなかったけれど、この際仕方ない。

私は思いきって、前の扉を開け放った。
どうせここは行き止まりだし、後ろより前の人数の方が明らかに少ない。
順当といえば順当、ピンチには違いないけれども。

「――――あれ?」

扉を閉め鍵を掛けたところで気がついた。

どうしてみなさん倒れてるんですか?
扉の前に立つ私以外、この屋根裏部屋のような小さな空間に合計5人、傭兵達は気を失って石の床に倒れていた。
血臭はしない、全員争った後も目に見える外傷もなくのびている。

「これって、」

誰が……、と考えたところで本格的に音が大きくなってきた。
慌てて隠れる場所を探すけれど、小部屋には家具の一つも置いてない。
あっ!扉!
部屋には出入り口が二つあった。
急いで向かいの扉へ走る、傭兵さんの一人が持っていた剣もついでなので借りる。

ガウ兄からのお下がり長剣はアーベルトさんに捕まった時に没収されてしまった。
無防備な状態で2度も抜け出そうとした事が、今になってすごく恥ずかしい。
これって、少しは冷静になれたってことかな。
…あんまり、というより全然嬉しくないけれど。

次の扉を開け、閉める。
半ば予想していた通りの光景だった。
つまりは、小さな何もない空間がぽっかりとあり、すぐ脇の石階段が上へと螺旋状に延びている。
階段とは逆側の脇に大人一人がぎりぎり抜けられるか、ぐらいの小さな窓がぽつんとある。
この上に居るってこと?

悩む暇はないらしい。
後ろからすごく大勢が走ってくるっ!

石の階段をできる限り音をさせずに駆け上る。
無駄な努力でもしないよりましだ。
しかしさっきの足音、明らかに多くなってたよね?
侯爵の命令が勤めている傭兵全員に伝わった?…だったらまずい。

はっきり言って。

「勝ち目ないよー」

思わず愚痴が口をつく。
近づく足音には、注意していた。
かなり素早く段差の大きい螺旋階段を上っていたから、足元を見て耳をそばだてて。

「誰に勝てないんだぁ?」

だから。
頭上から言葉が振ってきても、一瞬反応できなかった。



 *



「誰?あなた」

「傭兵。ここの侯爵様に雇われてんの」

そうだよね、聞いた私が馬鹿でした。

気が動転してる。
奪った剣を構える。
自ら傭兵、と名乗った男は、私の握っている剣を見て少し思案し、そしてにぃっと口の端を上げた。
その顔があまりに毒々しく、思わず半歩下がろうとして、ここが階段だと気づく。

「ははっ、絶体絶命かな」

男は上から私を見下ろして笑って言う。
ううっ、悔しい!
でも正論。こんな狭い場所で剣は邪魔でしかない。
一方男の得物は、果物ナイフの反りをきつくしたような剣で、斬撃範囲は狭いが、 こういう場所で一番効果を発揮する。
さーて、どうしよう。
選べる行動なんて一つしかないけどね。

男は、私を見てあからさまに面白がっていた。
その表情が癇に障る。

「どうするんだい?後ろから来てるよ、ムッサイ野郎共」

「決まってるでしょ。こうするのよ!!」

私は足のばねを使い、男に飛びかかった。

雄叫びをあげながら、男に斬りかかる。
無駄に大きな剣だ。そう何度も振り回せないし、そこまでの体力もない。

「うおっ」

ちっ、避けられた!
すかさず左手を剣から離し、男の鳩尾に一発食らわす。
めきり、と筋肉に入ったのを見て、全力で男を階下へ蹴り飛ばす。
同時に頬にぴりっ、と痛みが走った。

崩れそうになった体勢を立て直し、それから脇目もふらず階段を駆け上がる。

「ああっ!!」

後ろから驚いたような声が聞こえた。
にやっと一瞬笑みがこぼれた。
残念でした、私がまっこうから戦うとでも!
私だって相手との力の差くらいはわかる、――ここじゃあの男には勝てない。
何より、本気でない相手に全力で向かっていって、負けるなんて嫌だ。
私の剣は大ぶりな分できる隙も大きいから、小回りのきく相手のナイフで懐に入られたら終わり。
これはもう、逃げるが勝ちでしょう。

大股で一段飛ばしで階段を上る。
男も少し本気になったようで、狭い階段内に複数の足音が響く。
螺旋階段でよかった、そうじゃなければすぐに追いつかれてしまう。

見えた!出口だっ!!

見えた、扉のない小さな出口から黒い空がのぞいている。
外に出ると、南棟の平らな屋上部分だった。
真後ろに青い月が、――そして前方には見慣れない服を着た人が立っている。


「……」

どうしてこう次から次へと変な人ばっかり。
恨むよマッチョおじさん、結局ユー兄もお祖父さんもいない。

暗い青の月光に照らされながら、その人はゆっくり私の方を向く。
身体が完全にこちらを向くのとほぼ同時に、唯一の出入り口からさっきの危ない男が走り出てきた。


その一瞬を狙って、勢いよく振り返った。
男に向かい一直線に長剣を突き出す。
切っ先はガキィッという音をたて、扉縁の石壁にわずかに当たった。
男は私の左斜め前に移動し、短剣を構える。

「はぁっ、あっぶね、」

まだだっ!
速度を殺さず左足を軸に回転し、男の短剣を握る手へ向け剣を振り下ろす。

「くっ!!」

刃が少し掠ったのみで、男はさらに私から離れ屋上の中央へ跳ぶ。
ちょう私と男と黒っぽい服の人が一直線に並んだ。

逃がすかぁ!!!
心中で叫んで、地面を蹴る。
最初の一打が避けられることくらい織り込まなきゃ、格上となんて戦えない。
未知数の黒服の人を除けば、この場所は私に有利だ。
というよりも、いくら周りが暗くても黒っぽい服を着ていても、 顔が見えて男女の区別がつかないってどういうことですか!?な、あの人がすごく気になる。
ほんとに誰。

「このっ、生意気なんだよっ!」

剣を水平にして突っ込む私に、男が舌打ちする。
いまさら本気になっても遅いっ!

「はあぁぁっ!!!」

渾身の突きが男の肩を掠った。
ちょうどいいので、そのまま胸の中心へむけ薙ぎ払う。
肩は、発熱し時折びくりと痙攣するけれど、じわじわとしただるい痛み以外、あまり感じなくなった。
男の胸を真横に通った筋から、紅い染みが服に付着しだす。
続けざまに脇腹、左足、右腕の順に斬りつける。

「っくそ野郎!!」

男の罵りに、ぴくり、と右眉が上がった気がした。
ピュッと首の付け根が音を出す。
頭に血が上ろうとした瞬間、私の剣は男の太股に刺さり、 気がつけば刃に絡み付く肉ごと足の付け根に切り上げ、もう一度深々と突き刺していた。

血が上りきらず急激に頭から下りていくと同時に、男の側から飛び退く。

「っ!!」

しまったっ!
いつの間にか黒服の人が視界から消えていた。


「ここですよ」


聞こえた声は意外に、というより恐ろしく近くて身が固くなる。
本当に目と鼻の先に現れた黒い影に、逃げるタイミングを逸してしまう。
けれど、その人は何をする出もなくじぃーと私の喉元を見ると、首を傾げる動作をした。

「出血はありますが。まあ、問題はないでしょうね」

「は?」

意味不明な事を口走った人――ここに来てようやく男だと判明した彼は、ずいっと顔を近づけたかと思うと、嘗めた。
どこを、って。
つまり私の首を。正確には、鎖骨近くにある傷口を。

「えぇ!!?」

混乱する私をよそに、黒服の男の人は、足を庇いながら立ち上がる男に目を移した。

「…っんの、やろぉ」

声が低い。
完全に切れたらしい。
文句言うなら、まず遊び半分で私を玩ぼうとした自分の愚かさを反省しろ!!
胸の内で叫ぶ私も相当頭にきている。

「「「……」」」

二人ともぴくりとも動かない。
かく言う私も動けない。これが、世に言う三竦みとやらなのか。

「いや。違うと思いますよ」

「え。私声に出してました?」

「いいえ、何となくです」

なんとなくで心の中を読まれちゃ堪らないんですが。
などと、私がここ数日で定番になってしまった脳内ツッコミを入れている間に、事態は動いた。
私のことを、よりにもよって今の私のことを野郎と間違えた腹の立つ男が、私達との間合いを一気に詰めてきた。

そう感じた瞬間、もう全て終わっていた。

 *

「全く、仮にも女性を野郎などと呼ぶとは。なってませんね」

いや、仮に、は余計だから。
身も心の19年間女なんですが。でも、その意見には賛成。

「って、今…っ!!」

この人危険だ。
あの男は決して弱くない。
それを、足を怪我して瞬発力が落ちてるからって、一瞬で頭と腹に手刀を落として潰した。

「あなたが、……下の、傭兵も」

「ええ。ナキュエさんに言われたので先回りしました」

ナキュエ?

一歩足を引く。
敵ではない、と思いたいけれど、この場所にいること自体既に敵確定だろう。
まずい、本当にまずい。
勝てる気がしない、否、勝てない。

身構える私を見、再び首を傾げた男の人は「ああ、」と声をあげ手をぽんっと打った。

「大丈夫ですよ。俺はグレイ様の命で動いているので、あなたに危害は加えません」

「グレイ、」

呟いた私に彼は頷く。
さらりと揺れる髪は薄い灰色で、目は炎を映したように赤い。

「そうです。むしろ俺はあなたの護衛です」

「……護衛?」

グレイが、わたしに、ごえい?
一瞬単語同士が繋がらず、変換もできなかった。
何故、が頭の中で踊っている。
これでますますグレイの謎が深まった。
一介の諜報員に様付けなんてあり得ないし、こんな強い人に命令する権限なんてないだろうし、 だいたいまずこの人は誰。

思わず凝視してしまう。
こんな人、初めて見た。
肌は黒く、かといって黒すぎず、南国出身のような独特の彫りの顔をしている。
瞳と肌の色はお祖父さんに似ていないこともないが、その他はまるで違う。

「分かっていただけたなら、そろそろ剣を下ろしてくれますか」

言われて手元を見ると、確かに切っ先を彼に向けて構えていた。
気づかなかった、うわぁー無意識って恐い。
慌てて下ろすと、彼はふっと軽く笑って、場所を移動し始めた。

「どこへ、」

「もうじき下から兵が来るので」

あ、忘れてた。
そう言えば、入り口兼出口からドドドドッと足音とは思えないものが聞こえてくる。
先頭集団がそろそろ顔を出す頃だ。
グレイの知り合いだという灰色髪の人は、何故か階段から離れた屋上の中央で止まる。
そこじゃあ、出てきた傭兵に丸見えだ。

「そこでいいんですか?」

彼からも出入り口からも適度に離れて、南棟の巨大煙突を背に私は立っている。
彼は燭台の明かりで僅かに見えるだけの階段を凝視している。

「構いません。一匹残らず捕らえよ、との命令ですから」

階段口で争って逃げられては意味がないんですよ。
灰髪の人がそう言い切ったと同時に、けたたましい足音だった男達が屋上に上がってきた。
何故か一様ににやにやしている。

「なるほど。逃げ場がないから、焦らすためにわざとゆっくり上ってきたんですか」

まったく声も顔の調子も変えず灰髪さんは言い放つ。
うわ、それは悪趣味だ。
続々と傭兵達は狭い階段から出てくる。
蟻の行進のように綺麗に一列で穴から出てきた男達は、あっという間に私達の周りを囲んだ。

「よぉー。この目で見るまで疑ってたが、ディレイン家の娘が男装趣味ってのはマジだったんだなっ」

「……」

「マジかよ、このチビ野郎が女っ!?」

「信じらんねー、笑えるぜ!」

「……」

溜め息がどこかで漏れる音が聞こえる。
……決めた。
こいつら全員地獄へ送ってやるっ!!!
両手で柄を握り、剣を構える。

「おおっ、やろうってか?男勝りなお嬢様だ」

「つか、こいつもう男だろ?ボロボロじゃねぇか」

嘲りながら、気色の悪いにやにや顔で、私を最初に馬鹿にした男が近づいてきた。
私は一歩後ろへ下がる。

「なんだぁ、怖じ気づいたんですかー?」

笑いながら傭兵が緩慢な動きで剣を振り上げる。
私は口の端を持ち上げる。
そして、動きの鈍い男の懐へ入ると、両足の脛を思いっきり斬りつけた。


皮膚が弾け、血が吹き飛ぶ。


私は血を見ると、心が冷える。
生命の象徴みたいだと感じるから。

血が噴き出すという事は生きている証。
赤い飛沫はその人の魂の一部で、それが肉体という器から飛び出すという事は、 当たり前のように死を加速させる事だから。

驚く男の表情が瞬時に歪んでゆくのを視界の端に見ながら、私と同じ長剣を握る腕を下から斬り上げる。
グシュッ、と多少変な音をたてて肘の下がパッカリと開く。

「ぐっ、ぅわあぁ!!」

情けない叫び声を上げて男は後ずさる。
周りも同じように下がろうとしたところで、斜め左から聞こえた断末魔に、びくりと肩を動かした。
その隙をついて、後ずさった男の右足に剣を振り下ろす。
太股を貫通した刃を引き抜き、ふらつき転びそうな男の腹を蹴って、後ろの人間ごと押し倒した。

「ひっ、」

ぎろり、と周りの傭兵を睨むと、一応構えてはいるものの多くが萎縮していた。

「達者なのは口だけっ!?さっさと――」


柄を握りしめ、ぐっと足に力を溜める。


「――かかって来いよぉおお!!!」


倒れた男の血が付着した石を蹴り、一気に正面の敵の懐へ切り込む。
腹をかっ斬り、そのまま男ごと石畳に倒れる。
すぐ起きあがって体勢を整えると、未だ放心状態の一団へ切り込んだ。


くそっ、返り血で目が霞む!
腹なんか割かなきゃよかったっ。
べっとり顔面全体に浴びてしまった血飛沫は、一部目に入って腹が立つことこの上ない。
溢れる涙が眼球の血を洗い流してくれるけれど、おかげで敵が見づらい。

髭面の若い男の左手を斬りつけ、そのまま全力で下方に力を入れる。
切り落とすことはできなかったが、深々と刺さった剣を抜くと勢いよく鮮血が噴き出した。
顔にかからないように後ずさり、髭男の持つ剣を払い飛ばす。

ふっ、と左に影ができる。
影が突きだしてきた長剣を間一髪で避け、逆にその傭兵の膝に刃を叩きつけた。

「ぐぅうあぁぁっ!!!」

苦悶の表情で剣を取り落とした男の、膝に添えられた両手を斬りつけると、思いきり肩を蹴りつけ後ろへ倒した。
石床に落ちた剣を拾って、倒れた男の背後で一緒に蹲っている二人の兵に投げる。
見事に剣先が一人の外腕に辺り、手首から二の腕までぱっくり割れた。


血とは魂そのものだと、幼い頃私は思った。

赤が魂の色だとか、人間の本質だなんて偏った乙女論に走る気はないけれど、 鮮血というのは昔から私の中で特別な地位を占めている。
自分でも、時たま変だと思う。

けれど、斬って砕いて殺して。
その結果心が冷えても、不思議と私は後悔しない。

ご都合主義で利己的な考えだ。

でも、心の隅でいつからかずっと信じているのだ。
血は、肉は、人を形作り生かし、動かし続ける。
それでも。
人間は肉体に、ただ生かされているだけの存在ではないと。
肉体が魂を外部の刺激から守るように、魂もまた身体には必要不可欠だと。

そう、私は今でも信じている。



 **********



斬った兵達の内側から出た赤い液体は、既に白灰色の石床の半分を覆っていた。

立っている人間が少なくなってきて出入り口に目を向けると、折り重なって倒れる傭兵達の中に一人、 悠然と佇む男がいた。
灰色の髪を風に遊ばせたまま彼は私を見、こちらに近づいてくる。
それに伴い、数少ない動ける傭兵は、ある者は行く手を阻み、ある者は恐れのままに後ずさる。

私に向かってきたまだ若い傭兵の懐に潜り込もうと態勢を落とした時、相手がカクンッと頽れた。
その背から現れたのは水平にした切っ先、灰髪さんが若人の向こう脛を刺したらしい。
彼は逆脛も目一杯蹴りつけ、さらに殴り倒した。

「弱い者を狙うとは、全くここの傭兵はなっていませんね」

……そうですね。
でも、せめて弱い者じゃなくて女性と言ってほしかった。
私が黙っていると、癖なんだろうか、彼は軽く首を傾け顔を覗き込んできた。

「なんですか?」

「いえ、何もないのならいいです。では、行きましょうか」

「え?」

行く?どこへ?
疑問符が浮かぶ私に気づいたのか、補足説明をしてくれた。
内容はとんでも無いものだったけれど。

「決まっています。殴り込みに、ですよ。相互理解も弾んだ事ですし」

相互理解……、全然弾んじゃいなかったでしょう。
というかそんなものしていない。
この人と出会ってから私がした事といえば、脳内ツッコミと傭兵を斬る事だけだ。
しかも殴り込みって、どこへ?
言葉に関しても、殴り込みって一体どこのチンピラですか。

「決まってるじゃないですか。この謀反を裏で操る人間の所ですよ」

いや、決まってはいないと思います。
そして私の思考読まないでください。

突っ込む場所が違う気がするけれど、触れたくないのであえて考えなかった。

「おそらくそこに、あなたの従兄や祖父はいます」

「え!」

それじゃあ、行くほかない。
私が半ば強引な彼に、嫌々ながら覚悟を決めた瞬間、「では、」という声が聞こえた。

「出発しましょう。ディレイン嬢」

そう言い、手を差し出してくる。
掴まれ、ということですか。
にっこり笑ったこの不思議な人は、絶対確信犯だと思う。
出された手に手を置くと、しっかりと握られた。
微妙な目で彼を見る私にひらひらと反対の手を振ると、彼はわざわざ倒れている男達を踏み、屋上の端へ移動する。

「あの、」

何をするのか薄々だが分かってしまい怖じ気づく私の声と被さって、出口から2、 3人のの武装した男達が出てきた。
げ、まだいたの。
そう思ったのだけれど、何故か彼は武装男に軽く手を挙げ、指示を出した。
ひょっとしてあの人達、スレイルの……。
退路確保に活躍してくれなかった彼らに嘆く私をよそに、手を握るグレイの知り合いは平然としていて、 そしてふいに笑う。

「近道、ですよ」

何でもないことのように言うと、そのままぴょんっと彼は飛び降りた。
彼は私の手を握っている。
必然的に私も引っ張られ、不自然な体勢で地面へ真っ逆様に落ちる。


「ぎゃぁぁーーーーっ!!!」


かわいげもへったくれもない絶叫が、夜中のアミュンにこだました。







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